昭和四十六年一月十八日 朝の御理解
御理解第六十五節「日柄方位は見るにおよばぬ。普請作事は、使い勝手のよいのが、よい家相じゃ。よい日柄というのは、空に雲のない、ほんぞあらあたたかい、自分に都合のよい日が、よい日柄じゃ。いかに暦を見て天赦日じゃと言うても、雨風が強うては、今日は不祥のお天気じゃと言うではないか。日のお照らしなさる日に良い悪いはないと思え。」
お道の信心が、(めいしんだは?)と、おー、信心だという風に言われますのも、やはりこういう風に、御教え下さってあるからだと、ね。けど私はこれは、(めいしんだは?)と分かるには、あー言われないと思うんですね。えー事実の上に、やはりそういう一つの、革命と言うかね、ちっとおだけてまいりますと、やはり、日柄も方位もやっぱりある事になるんだ。
色んな、えーこれは、えー、何ですか、ねお互いが使いますハンコですね。ハンコにすら、相があると言われてある。ですから、御教えが、そのー、言わば芽が出ない人は(はを?)作り変えただけでも、御教えが良くなると。願いを付け替えたら、またそこから、新たな運命が開けて来るとか、それも決してに、それを(よこつめでない事はない?)いわいる、むしろ一つのそれが学問にまで、えそのー、ざっとこう形と建てられるという事、私は知らんけれども、そうらしい。して見るとそれは、(あながち?)迷信という事ではない。という風にまず私は頂くのだから。私はここん所は今までは、いわいる迷信として説きましたですね。だからこれは迷信であるという事を実証する事のための話を色々してまいりました。ん、例えて言うと、私共、んー、日本人、とくに結婚式何かいうと(こうど?)をきちりする。家を建てるにもやはり、家相を見てもらって、これはもう、おー、文化中を、実証しておる、言うならば知識関係の人達が、やっぱり皆さぁ息子の嫁を呼ぶっちいうならまず相性と。いうな風に言うでしょう。おかしな話だなと、まぁそれ一緒に、まぁ私共は(こして?)来た訳です、金光様の御信心を頂く者は。ね、私共の願いあいが、(ほくし?)におりましたけれど、あちらの人達は、そういう(行動忌日?)と、他の事は言いません、他のみ教えもあります。けども、なら(ぼう?)建てるに家相のどうのっと言ったような事やらは、まぁその、言わない。日本人と同じごつ。これは、アメリカの人だって、アメリカ人の人達は、同じ様な事が言えれる。だから、愚にもをつかない事だと、言うてその、お、愚にもつかない事のおも、お、実証としてですね、お話をして参りましたですけど、今日私は、その「日柄方位は見るにおよばぬ」とおしゃるが、やはりね、ん、そういう、ん、日柄とか方位とかと言ったようなものもあると、としてまぁ聞いて頂きたいと思うんです。
私は今日、まぁこんな事を想像させて頂いた・・・。もし教祖の神様、えー、が、のお姿と言ったようなものをね、え、絵に描いたら、どのような風に描いたら良いだろうかと。教祖様は、あー、自分のお姿を残しておかれる事を、非常にまぁ、嫌われたと、そんな事止められたそうですね。ですからそう言うものが残っておりません。教祖の神様っていうのはどういうお方であったであろうか。二代金光様を知っておる方は、二代金光様をま、あー、拝ませてもろうて、教祖様を訪仏とさせて頂いて、私共は、三代金光様を仰がして頂いて、あー、教祖の神様っていう方はちょうどこの様なお方ではなかったろうかと言う風に、まぁ想像するだけでございます。ですからもし、これを絵に描いたらどういう事になるだろう、例えば、えー、お釈迦様などを描いたのは、”天地は天がゆいが独創を表す事も、天地をさしとどかぬぞ”でございます。そういうお姿。キリストなんかな、もうそれこそなんか、有り難いか、悲惨なかなんか分からんけれど、ね十字架にこう上がっておられる、それがいわいるキリスト様のお像なんです。拝む対象でもあるんです。っというようにですね、宗祖教祖って言ったような方達も、ずいぶんそのような風にして現してある。また、その、えーありますね。んー、(おふどう様?)なんかはね、こう、右手に、(それぎ?)を持ち、左手には、なわを持っておる、(なや?)とか。ね、えー、それぞれの一つの、まぁ神様、仏様のあー何て言うですかね、そのスタイルと言うものが、決まっている。ん、そこには、それだけの非常に深い意味を持っておるもの、ん例えば二代様なんか、なんかこうやってんー、いわいる人差し指と、親指をこうやってなさっておられるお姿など、それには、まぁ私は分からんけれども、それぞれのやっぱ意味のある事。意味のある事である。と言うようにです、そういう意味付けをいたしまして、教祖の神様の像をもしここに、一だんとか作るとするならば、どういうような、おす、お姿であろうかと、ふっとそんな事を想像してみた。所がなかなかね、教祖様のお姿というのは、どういう風に現して良いか分からんまいって言う感じです。やっぱり、教祖の神様の(ごじしん?)もしよった、御用、で姿などっというもの、残しておくなっとおっしゃった。ん、私はまぁ、こういう風に、思うて見た・・・。教祖様御自身が、あー、お百姓であり、それこそ、おー、(どろ?)の中から生まれなさったようなご性格。まぁ( ? )なお方であった。
あれは、私が、あー、んー、ここで皆さんが、その聖誕祭の時には、歌います時に、いー、私は歌詞を作りました。色々な、えー、たんこぶしで歌われる、まぁ色んなこう替え歌で歌われるあの(わん言葉?)沢山作って、えー、皆さんがあれを、色々とこう歌われます中にね、えー、”桑を持っている天地よ、こころ信心味わえば、思わず(こぼす?)一滴”かなんか(ちゅうのがありゃす?)ね、お百姓姿なんであります。ね、それがそう、桑を持ってに、信心と天地、天地の御恩恵を感じ、(かまれる?)それはもう誰よりも強い。ね、いわいる天地の御恩徳をそのまま御自分の心の中に、まぁキャッチされる。思えば思うほど、桑を持つ手に、有り難涙が零れて来ると言う。ん、土をいじりながら、天地のお心を分からせて頂いたら、それこそ、しみじみとした喜びが、いわいる、かんきです、ね、な、( ? )教祖のを心、お姿、お体全体にその喜びが、発散して来る。だから、そういうようなお姿はどうだろうか、お百姓(なまも?)言うならば、こう、短い股引をはかれた、(しりきりはんてん?)を着られた。そして、桑なら桑をこう、杖のようについておられる、そして、あ、大地にどっかとね、根を下ろしたようなお姿なら(こんな事じゃないかと?)と思わせて。
とにかく、教祖様というお方は、そういうようなお方であった。そこになんですね、私は、こういうみ教えを下さってある。ね。いわいる、「日柄方位は見るにおよばぬ。普請作事は、使い勝手のよいのが、よい家相じゃ」と。「日柄というは空に、雲のないほんぞら暖かい自分に都合の良い日が、よい日柄じゃ。いかに暦を見て天赦日じゃと言うても、雨風が強うては、今日は不祥のお天気と言うで、天気じゃと言うではないか。」と「日のお照らしなさる日に良い悪いはないと思え。」というような事がね、その教祖の神様の喜びいっぱい、かんきの中からね、この様な事が平気でおっしゃられる事になられたという事なのです。その当時は、今の時代よりももっとそういう事は、あー、一般(書類?)の中に、(めを?)一つ信仰のようにして根強くあった思想なのです。ね、旅発ちをするにも、着物一まい(たたせて?)頂くにも、ね、ちゃんと、おー、それに対する所の方をして行かねばならん。また、御自身もですね、自分の家を改造されて、広げられるのにあたって、やはり、えー、村の庄屋の詳しい、えー、小野光衛門という庄屋さん、言わば、こうやって家を広げたいと思うがっと言うて、見てもらっておる、家相やらを見てもらっておられる。ところが、何月何日までは家をあたってはいけないという事になっておる。それでも、まぁ色んな都合があるから、っと言うて重ねてお伺いに行かれますと、そんならば、自分の住まいを一応空けて、空き家にしてそして、その事をしたがよかろうと言う事を言うておられます。ですからね、自分達一家が、一遍小さい納屋に移ってしまわれた。そして、その家は、もう人間が住んでない空きやと言う事にしてです、それを、四方に広げておられる。っと言うように、まぁ実意の限りを尽くされた、そのようなその当時の一つの、おー、考え方っと言ったような物も大事にされた訳です。ん。ところが、あの42歳の御大患です。もう水ものどを通らないという程しの御大患になられる。親戚、近所の者があーや集まって、枕基で一生懸命に神様を拝んむ。(しんや?)の次郎という、非常に霊脳的なあー、働きを表される方がおられました。その次郎さんが、一生懸命に神様を拝んでおられますとね、石づちの神がかかって来られた。そして、この家の主人に無礼がある、(しょうじ?)金神に無礼があると、お伝えがあった。そこで、奥様のお父様である、ね、いわいる古川八百蔵です。私の娘が嫁についておるのが、まぁ古川八百蔵という方が、まぁ古川先生のおじいさんにあたる方なんです。(そこのへんがある?)ね、その古川八百蔵さんが、その(しんや?)の次郎さんの、その、神がかりになっておられる所へ出て行ってです、その神様に対してね、言い訳をなさった訳です。他の者なら良いらしいら、この家の主人に限ってそのような事は絶対にない、ね、日柄方位を見て建てたという風にして、その神様に対して、その厳しく、もう反発をしておられる訳です。ね、日柄方位も見て建てたと言う。その時にね、いわいる(耳、耳元?)はない程しの御状態であった教祖様がね、ね、それこそ寝床の中からはいはいをしながら、御神前に出られて、ただ今氏子の申しました事は、ね、(ひろに?)お許し下さい。どのように、ね、日柄方位を見て建てたと申しましても、小さい家を四方に広がした事でございますから、何処、どちら方角にお粗末、御無礼があったやら分かりません。ただ今氏子の申しました事は、(ひろに?)お許しを頂きますようにと、心中祈念をなさると同時に声が出た。これが42歳の、教祖御大患の一つの、おー、神観ですかね、が変わる一つの分かれにもなった。本気に、そのしんやの次郎を通して、神様がおっしゃっておられる事はね、この家の主人は行き届いておると、五月の一日には(けん?)をやる、印を見せると、おっしゃられた。五月の五日の(おせっく?)には、(しょうぶよう?)を立てられたり、御ちまきを作られる、色々、いわいるしょう、して、いわいる(ぜいかい?)替えをなさっておられます。ね、そのような所から、入りさせ、させて頂きますのにです。教祖様御自身もやはり、そういう一つの取り組みなっておられたと言う事なんです。ね、いわいる、(しょみん?)信仰の、おー、そういう、う、思想が非常に根強かった時代の事ですから、それはもう当たり前の事です。けどもそこがね、いわいる、教祖的な所だと。いけない、神様がどうとおっしゃるそれに対してです、もう実意丁寧の限りを尽くしておられます。ね、それでもなおかつです。ね、一方これもあ、人間が住んどる家じゃない、空き家にしてなさっておられる。そういう手のこんだ、例えば、事をなさっておられながらです、ね、人間氏子の事でありますゆえ、凡夫でありますゆえに、何処に御粗末があり、ありますやら、御無礼がありますやら、あい分からずと、それでそこにね、教祖様の御信心の、おー、一つのまぁポイントになれる所があると思うんですね、そういう御考え方、ね、言うなら私はもう、ね、悪い事しとらんから、というような事平気で言う人がありますけども、じゃそこが人間生身を持っておる凡夫の事でございますから、あい分からず、何処に御粗末があるやら、御無礼があるやら分からんとしてです、そこん所(へいしんてい?)とお詫びしに行く、ただ今氏子の申しました事は、間違いでございますと、どうぞただ今の事は取り消して下さい、お詫びを、私がお詫びをさせて頂きますという事になっておられる。ね、ですからそげな所から感じましても、やはり、御自身とても、お、日柄方位も言わば、まぁ、私共はそれを(めいしん?)と(いっしょう?)。金光様の御信心頂いておるからこそです、あげ何子供の時からそれを信じておるから、そういう(めいしん?)的な事は(いっしょうにふして?)まいりましたけれどです、けどよくよく考えると、やはりあります。もういっちょその神様が、あー、神様からの、おー、ご依頼を受けられて、難儀な氏子の取り次助けられるという事になられて、御結界(せいみつにせい?)宣言されるようになられたある日、ありゃ何とか(ごんだいゆ?)って言うあの、大変有名なあー、この(いちがく?)を収められた、学者の方ですね。其の方が、その、ん、参拝して見えたというよりも、最近大谷の、その、金神狸がね、その大変な事を言い出しておるそうなと。日柄方位は見るにおよばんとか、ね、普請作事より、えー、使い勝手のよいのがよい、い、家相じゃのと言うような事を言いふらして、えそんを、その惑わしておると言う事であるが、こういう立派な実証のある事であるから、この(しもつ?)を持って行って、もうそれこそ沢山なその、液とか、その日柄方位なんかの本がね、いわいる、(けんとうだてだて?)の学問になっておるその本を持って、教祖の前に見られた。ね、それを、一部始終聞かれた教祖様が最後にね、おっしゃっておられる事はね、どういう事かと言うと、天地の中に指一本動かすだけでも、ね、天地金乃神様の御恩恵によくしておる所はありません、というような事をおっしゃっておられる。指一本でも、指一本押すだけでも、この天地の中にです、天地の親神様のお恵みから放れる、いわいる、お恵みを放れておるという所はありません。もう全て、どこもここもが、天地の神様のお懐の中であります。と、いうような事をおっしゃっておられる。さすがに、やっぱり学をされた方ですからね、もう、そんまま(へいしんけいと?)あー、と言うた(ぎい?)じゃった。そして、自分の持っていた沢山の、その、おしゅもつを神様に法務して、それから金光大神をひきよされたという。今の、おー何でしょうか、御大祭の時なんかに、教祖の(御自身?)なんかん時にも、そのお供された、おしゅもつが残っておりますね。こりゃ、(ろくだい?)なもんです、その本というのは、沢山な事。ね、大変な事なんですよね、こげん天地の親神様の懐の中にっと言う事、私はどういう事を意味するか言うとね、私共人間の生き方、あり方がです、ね、それこそ、やはりお粗末、御無礼、そこには、そこにひっかり、ここに(さっさわい?)が出来るような生き方をしておるから、それを避けて通らなければならんとか、それに言うならば、呪い的な事でもしていかねば、気が落ち着かないというのが、人間の生き方じゃないかと。ね、そこん所をですね、なら教祖の神様がね、こういう風に、言わば(生徒同士としては?)もうそれこそ大胆な事なんです。ね、日柄方位は、見るにおよばんとこうおっしゃる。今だって、それ言うたって、そげなわけにゃいかん、やっぱ見るもんにゃ見らにゃ、と言う風に、の人が多い。それはずいぶんと、いうなら、あー、学問をしたりね、知識人と言われる人達がやはり、なぁ自分の事になると、家相は見たり、さぁ息子が嫁後を呼ぶっち言うと、相性を調べたりするでしょうが。愚にもつかない事だと思うけれども、やはり実際は、あると言う事、けれども実際はあるけれどもね、いわいる教祖の神様のですね、それこそ桑をもってに、しみじみと天地の心を味おうたら、思わず溢れて来る感動、喜び、ね。そのかんきの心、喜びの心。そういう喜びの心の中にはね、もう何にもないと言う事。成る程、日柄もなからなければ、方位もない。例えば(よし?)有ってもそれを打ち消すだけの力を持っておるのが、歓喜な心、喜びの心なのです。いわいる和賀心です。和らぎ、喜ぶ心なのです。ね、もう(ころうてき?)する物はない。教祖の神様の、例えばお姿を、絵姿にするとか、像にするならどうのような私は、あ、例えば風になるだろうかと色々思わせて頂いてです。ね、結局描きようはなかろう、作りようはなかろうと言う事に結論いたしました。ね、言うならばです、もうどのような中にあっても、いわいる丸いく一つの玉のような物、それにどちらえ転がしても、喜びしか出てこないというのです。ね、だからこそ、此の方の道は喜びで開けた道じゃから、喜びでは苦労はさせんとおっしゃる。(このこびでおおごとでするならば?)日柄もなければ、方位もないぞと、所がんなら私共の場合にはね、それがあるんだけれど、そんなに何時も喜んでおれないもんだけれども、そこに金光大神のお取次ぎを頂く所からです、ね、金光大神のお取次ぎを頂くから、日柄もない、方位もないんだという事が言えるのです。ね、ある実は。けれどもね、金光大神の、そりゃどちらに転がしても有り難い物しか出てこないというような有り難い、いや喜びの(ぐんめ?)のような、あり方、有られ方。ね、もうそれこそ総ての、どのような事の中にも、喜びがある。その喜びの前にはです、日柄、喜びの前には、日柄もなからなければ、方位もないのであって、実際はあるんだと、今日まぁそういう風にここを聞いて頂いたですよね。ですから、私共が金光大神の御取次ぎを頂いて、家を建てるならば使い勝手のよいとが、よい家相ばいと言うてここで私が言うだけの事。ね。
何時ものように私が話しますけれども、ね、高島さんがまるしょうにおられる時にお母さんが亡くなられた。丁度お葬式が友引の日になっておった。親戚にも電報を打って、それを(一時期渡す事の?)葬式も、都度になっておってここにお願いに見えたから、私がね金光様の御信心頂いておって何を言うか。ね、そげなこつよりか、ちょっと幕をひ、おそう、(ともた?)親戚に、お葬式なそがんしなさいと。それこそ、金光様の御信心を、と言う事はもうあんたの事を金光様の信心しとるて事、誰も知らんもんなない。だから、金光様の御信心では、そういう事はもうめいしんとしておるから、そういう事は門題ないとして、それからまた新たに電報をうち直しました。(止まる祈念に?)私が、参りまして、最終お葬式のおかげを頂いた。どうですかもう本当におかげを頂いたが、明くる日は天神でもどしゃ降りでしたよ。狭い家で、外にこうはみ出る程しの方達が、お葬式ですら、本当のお葬式は出られなかっただろうと思う。ね、それからと言ってなら、友達って言うのは、(後 ?)する事何もなかった。それはね、その迷信とだけではなくて、やはり金光大神の御取次ぎを頂いた所から、そのような天地が自由になる程しのおかげになって来たんだと私は思うんです。そうでしょう。ね、いわいる、金光大神と天地がそこに、いわいる、天地金乃神と同根というよう所の、言わば御神徳によってです、私はその、こん、その御神徳にお縋りして、金光大神そのお取次ぎによって私共が事をなされる時にです、ね、普請も、ね、日柄はない、方位もない。いわいる使い勝手の良いのが良い家相じゃと言う事になる。総ての例えば、なら迷信と言うて一緒に付しますけれども、その迷信と言う事でも、実は迷信じゃないと、今日私は申しました。けれども、金光大神のそういう、ね、その喜びがね、天地の中に何にもないものにしてしまう、喜びというものは。ね、こういう所が素晴らしい。(道理に?)悪魔もなからなければ、サタンもない。ただ、喜びの中には天地の親神様の、言わば、暖かいお心と、暖かいお恵みだけがあるだけだと言う事になる。ね、そこで、私共お取次ぎを頂いてです、本気で一切の中に喜びを生み出させてもらい、喜ばせて頂く稽古をさせて頂くというのが、金光様の御信心。だから、もうそりゃぁ嘘にでも良いから喜べという事にまでなって来る訳なんです。ね、教祖の神様のもし、お姿をね、(やすがたに?)又は像にしたら、どういう事になるだろう。結局やはりお姿というものは、作られないです。ね、結局この(ごしんはきょう?)じゃないけれども、丸い御心境、そのままが教祖様のお姿と言う風に頂く(?)他にはない。という程しの尊い、有り難いね、私共は日々お取次ぎを頂いて、そういう生活させて頂いて、それこそ広い世界を狭い世界にしてしまう。
先日もね、ある方がお参りして来てから、もうあの(うらりまでちゅうか?)とても(りょうが?)気に入ってから、一個もらえるちゅう事になっとった。ところが、もう(寝に行くまい?)って、その嫁さんの方の里の方が、どっかお伺いどころに行かっしゃった。ところが相性が悪いち言うたけん、(ふいぎりくるげっしもうた?)おかしな話でしょう皆さん。ね、だからなら、そういう事で確か、ほの仏様が調べ、お伺いしたっちゃないけん、やっぱ相性悪か。まぁあるだろうと思うますよね。の悪いかも分かりませんよ。けれども金光大神のお取次ぎを頂いて、そこに事がなされよるとにです、それはもう何にもない事になるんです。そういう働きを現して下さるのが、生神金光大神の、いわいるお取次ぎの働きと言う事と私は思います。だから、信心がないならば、やはり日柄方位もまぁ、見らなければいけんのじゃないかと言う風に、今日はまぁ思うのです。私共は幸い、ね金光大神の御取次ぎを頂いてからの道に、そこには何も差しさわりもない、いわいる(人影みげと?)でも申しますか。ね、いわいる、使い勝手のよいのが良い家相じゃというような、一字か万事にそういう生き方なのです。ね、此方の都合が、ね、もう使い勝手のよいのが良い家相じゃというような頂き方出来るのも、金光大神のお取次ぎの働きによる事だという事。そんな事を申しましたね。どうぞ。